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Planet EYE 北海道から世界に通用する小型衛星の開発物語

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2006年10月 アーカイブ

2006年10月25日

HIT-SAT開発物語

平成18年9月23日午前6時36分に鹿児島県内之浦宇宙空間観測所からM-V(ミュー・ファイブ)ロケットのサブペイロードとして、北海道初の超小型人工衛星『HIT-SAT(ヒット・サット)』が打ち上げられました。実はこのHIT-SATは北海道工業大学、北海道大学の学生を含む約20名のボランティアの開発メンバーにより大学の研究室内で製作されました。僅か重量2.7kg、大きさが12cm×12cm×12cmという小さなものですが、その中には人工衛星に必要な電子回路類が全て詰まっています。設計から打ち上げまでのHIT-SAT開発のエピソードを紹介したいと思います。

平成17年3月末頃に、私のところにM-Vロケット7号機に重量5kg以内のサブペイロード(相乗り衛星)を募集しているというEメールが送られてきました。同窓会からも超小型衛星の開発支援費を支援して頂くことが内定していましたので、渡りに舟だと思い、提案書を出してみたところ、幸運にも書類審査に合格しました。私自身は道工大に赴任する前に宇宙科学研究所で人工衛星の開発に携わっておりましたので、小さいとはいえ、非常に厳しい試験と審査を全てパスしなければ載せてもらえないことをよく知っておりました。当然ですが宇宙開発の現場では学生だからという甘えは通用しません。
M-V搭載が決定したとき、私は会議の冒頭で「自信のない人は今回は辞退して欲しい。」と言いました。学生とはいえハイブリッドロケットで空缶衛星(カンサット)を打ち上げた経験のあるメンバーだけあって、私の言葉に怯む人はいませんでした。これがHIT-SAT開発のキック・オフでした。HIT-SATの通信系を含む電子回路および地上管制局を北海道工業大学と(有)アイドマ、?ATF、?BUGのエンジニア(ボランティア)が、姿勢制御系と熱・構造設計および分離機構の開発を北海道大学と?植松電機のエンジニア(ボランティア)が担当することになりました。

最初に作ったのがブレッド・ボード・モデル(BBM)といって、人工衛星と同一の機能を持つ模型でした。BBMでは電子基板やセンサー類をテーブルの上に全部並べ、パソコンから送ったコマンドで設計通り作動するかどうかを評価しました。道工大と北大で各自が作ったものを8号館2階のテーブルの上に広げて組み立てては直すという作業が何度も続きました。設計会議では午前10時から夜11時過ぎまで激論が続きました。7月上旬に始まった設計審査は8月末まで続き、3回目の審査で合格の評価が出ました。

次は技術モデル(EM)といって、12cm立方の構体に収めたモデルを製作しました。回路設計や基板設計も製品網並みの品質が要求されることからBBMよりもレベルが上がります。EMからはロケットの打ち上げ環境試験(ランダム振動試験、低周波衝撃試験、高周波衝撃試験で壊れないことが審査基準となります。北海道工業大学で製作した回路基板を夕方に北海道大学の実験室へ持ち込んで徹夜で衛星構体に組み込み、翌朝には道立工業試験場で約20Gの加速度でガタガタと強烈な振動を加えます。コネクタの剥離など回路の破損などもあり、その度に品質管理と組み立て作業の工程管理のチェック体制が改善されました。開発メンバーは2227研究室に週5?6日は泊り込んで頑張りました。

平成18年4月からは相模原のJAXA宇宙科学研究本部でロケットとの噛み合わせ試験が実施されました。噛み合わせ試験では、分離機構(HIT-SATをロケットから切り離すための装置)とロケットインターフェースのネジ」穴の位置やコネクタの極性にミスがないことを確認した後、組み付けた状態での振動試験やダイナミック・バランス試験など一連の機械環境試験が実施されました。

フライトモデル(FM)の開発からは衛星の組み立て及び試験は全てクリーンルーム内で行うことになりました。FMの全動作確認試験と運用プログラムの実装作業は第2組オペと呼ばれる射場作業の直前まで続きました。赤平の?植松電機でHIT-SATの真空試験を実施し、先発隊が9月3日にFMを内之浦宇宙空間観測所へ搬入しました。

そして平成18年9月23日に内之浦から定刻通りにM-V(ミュー・ファイブ)ロケットが打ち上げられました。主衛星分離後の6時50分に宇宙空間に放出され、日本時間7時42分にHIT-SATからのCW(モールス信号によるコールサイン)を受信したという第一報がフロリダのアマチュア無線家から入りました。15時36分には道工大の地上局でもHIT-SATからの強いCW信号を受信しました。HIT-SATからの電波は受信感度が良好で一般家庭用のアマチュア無線アンテナでも受信できています。AMSATからはアマチュア無線の世界では特別な意味を持つ「59」の付いた「HO-59」を付与され、国際的にもアマチュア無線衛星として正式に認可されました。僅か2.7kgの小さな衛星ですが、HIT-SATの成功は北海道新聞のトップ記事に取り上げられ、道民に大きな夢と希望を提供することができました。

2006年10月31日

超小型衛星の役割

小型衛星という言葉の厳密な定義はないが、一般的には1トン級の大型衛星より小さいものを指す。つまり300キロないし数百キロの人工衛星を小型衛星と呼ぶようである。それに対し、今回のテーマである超小型衛星とはそれより1桁ないし2桁小さな人工衛星を言う。最近では重量が50キロ程度までの衛星をマイクロサットと呼び、5キロ程度までのものをナノサットと呼ぶ傾向にある。1キロ以下のものはピコサットと言う。要するにマイクロ、ナノ、ピコという接頭語は徐々に小さくなっているという意味である。
通常の気象衛星とか科学衛星は国家プロジェクトとして大手衛星メーカーが開発に携わっているが、この超小型衛星は主に大学とかベンチャー企業が研究開発の主体となっているのが従来の流れとの違いといえる。まだ新しい技術なので産業には結びついてはおらず、現時点での主たる目的は教育にある。大型衛星と違ってシステムが簡単であるため、(メーカーのエンジニアやそれなりの経験のある教官の指導が前提だが)大学院生でも開発現場に直接参加できる、いわば宇宙開発のエンジニア養成の実地教育が出来る場を提供している。

超小型衛星が潜在的に持っている意味の第2点目には宇宙実績の積み重ねる場の提供ということがあげられる。失敗を恐れていつまでもローテクにしがみついているのではなく、最新の民生品などを大胆に使ってみて、その中から宇宙環境でも使えるものを探しだし、その実績を蓄積することが重要である。しかもそれは数年に1回とかいうペースではなく、頻繁にしかも安く実現できなければ現実味がない。超小型衛星とはそれを実現するキー・テクノロジーとなる。即ち、超小型衛星は、先進的な機器、部品、方式を迅速かつ低コストに試験できるものであり、しかも国、大手開発機関、メーカーなど誰でも手軽に利用可能なテストベンチを提供する。小さな失敗を許容し、宇宙で多くの経験を積めるような新しいスタイルを作ろうという意味である。これは宇宙開発の体質改善でもあり、このようなスタイルが普及することにより大型プロジェクトの成功率を高めるだけではなく、そこで蓄積された技術を使った新たなミッションを生み出すことへも貢献できると思う。

第3番目の意味として、宇宙開発の啓蒙が期待できる。主に大学を中心とした超小型衛星の開発は庶民と先端技術の間にある意識のギャップを埋めるものであり、多くの人々に対して開かれた宇宙開発、一部の人だけが携わるのではなく誰でも参加できる宇宙開発という啓蒙効果も期待できる。
第4番目は超小型衛星のベンチャー性という観点である。現時点ではまだ産業と結びついているとは言いがたいが、今後の可能性として言えば、宇宙でなければできない技術(合金や半導体の開発など)をやるというよりは、むしろその気になれは地上でもできるが宇宙環境を利用した方がベターな分野(例えばより早いとか)を探すという方向にビジネスチャンスがあると考えられる。生物系の研究者から聞いた話しでは、ドーピング検査の評価には無重力環境を利用したほうが早く結果が得られるという。製薬会社などが新しい薬の開発に利用することができるかもしれない。

以上の超小型衛星の研究の流れは従来の国家主体のプロジェクトに挑戦するべきものではなく、むしろ研究全体の裾野を大きく広げ、このボトムアップ的研究開発方式が従来型ではできなかった部分を補うという、いわば相補的な役割分担があると捉えるべきものである。

大学を中心とする新しい衛星開発のスタイルを説明する。大学の学生実験だから少々いい加減であってもいいと妥協するのではなく、大学の研究スタイルの利点を生かすことにより、よりスピーディーな衛星開発のスタイルを創りだすという意味である。従来のようにシステム検討を何ヶ月も繰り返しやった後で試作段階に移るのではなく、大学の研究室では一般的なことだが、ミーティングをやってある程度システムが固まったら、翌週には試作し実現性(フィージビリティ)を確認してみるというスタイルである。もしうまくいったら次の段階として環境試験をやり、フライト品相当の部品をひとつずつ作り上げていくという方式である。つまり、設計とフィージビリティ確認の同時進行が特徴のひとつといえる。

イリジウムなどの衛星でも行なわれていたようだが、民生品を大胆に利用してみるのも特徴と言える。例えばアメリカのある大学では自前でコバルト60の放射線源を持っており、民生のCPUなどの放射線試験を行って使える部品を探している。但し、民生品の積極的利用という観点には条件がある。最近の民生品の方が従来の宇宙部品より性能が良いのはいうまでもないが、民生品の全てが宇宙環境、特に宇宙の放射線環境で使える訳ではなく、性能を追及する代償として誤作動する頻度の増加や寿命を犠牲にしている面は確かにある。ミッション期間が(数年のオーダーではなく)数週間とか数ヶ月というように短ければ最新の高性能な部品が利用可能であるという意味である。

信頼性を維持するための文書化(ドキュメント化)は必要不可欠な範囲に限定して行い、文書作成に要する膨大な労力を減らすのも特徴といえる。大学の研究室の中の雰囲気があり、常に衛星全体の開発現場が見渡せるチーム構成であり、現場に合わせたマイルストーンの設置を行っている。そこでは大学での研究特有の手作り的な工夫を衛星設計に盛り込まれている。

打ち上げに当たっては「間に合わないものは乗せない」程度の柔軟性があり、この柔軟性は信頼性を重視するあまり(今の宇宙開発事業団のように)腰の退けた技術を搭載するのではなく、研究者のチャレンジ精神とか研究者魂とでも言うものを大いに鼓舞するものといえる。

アメリカではUniversity Nanosatellite Programなどがあり、NASAやAir Forceがスポンサーとなって大学で小型衛星の開発を進めている。アメリカの宣伝をする訳ではないが、国家機関が大学の研究能力を有効に活用している点が特徴的であり、その結果として新しい衛星バスやミッション機器などが大学から効果的に生みだされている。イギリスのサリー大学では、大学が企業化して小型衛星バスを販売している。その利益は新しい小型衛星の開発と打ち上げ費として使われていると聞いている。アジア圏では、サリー大学の協力のもとに韓国や中国が小型衛星の開発に着手し始めている。

プロフィール:佐鳥 新

北海道工業大学 電気電子工学科 助教授、北海道衛星株式会社 代表取締役社長、NPO法人宇宙空間産業研究会 理事長、有限会社Catch the Dreams 代表取締役、有限会社先端技術研究所
東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻にて博士課程取得後、宇宙科学研究所(現JAXA)の助手となる。大学院時代から宇宙科学研究所にて小惑星探査衛星「はやぶさ」に搭載されたイオンエンジンや次世代推進として期待される反物質推進に関する研究を行った。当時の所長が道工大に赴任したこともあり、1998年10月から北海道に移る。1998年に有限会社先端技術研究所を設立しマイクロ波エンジンの開発に着手し、2004年3月に完成させた。2003年4月から福島氏と共に北海道衛星プロジェクトを立ち上げ現在に至る。

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