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数々のソーラーカーレース優勝や2003年のオーストラリア大陸横断などで、 世界から注目を集めている玉川大学のハイブリッドソーラーカー。 オーストラリア大陸横断では西海岸のパースから東海岸シドニーまでの4,000kmを、 化石燃料を一滴も使わずにゴール。究極のエコカーの可能性を全世界にアピールした。 さらに、小原教授率いるTSCP (Tamagawa Solar Challenge Project:玉川ソーラーチャレンジ・プロジェクト)では、 太陽光と水素をエネルギー源とする究極のエコカー開発に向けて、 自ら水素生産、そして二人乗りのハイブリッドソーラーカー開発にチャレンジしている。


プロフィール

小原宏之(おばら・ひろゆき)
玉川大学工学部 メディアネットワーク学科 (4月より機械情報システム学科)教授
学術研究/ソーラーエネルギープロジェクト
1979年、玉川大学大学院工学研究科博士課程修了。 1997年、ソーラーエネルギーの有効利用研究と環境エネルギー教育としてTSCP(Tamagawa Solar Challenge Project)を立ち上げる。 国内レース3連覇、オーストラリア大陸縦断国際レースでのクラス優勝を果たすなど、 その実力は車メーカーや国家プロジェクトで参戦したソーラーカーをも上回る。 現在、資源小国日本にあって、 持続可能な環境を創造するために、ソーラーカーおよび燃料電池とのハイブリッドソーラーカーに関する研究を続けている。

環境教育の一環としてスタートしたソーラーカー開発

太陽光で発電する太陽電池パネルを貼った、平らなソーラーカーを目にしたことはないだろうか?
国家プロジェクトや車メーカーをバックにして臨む世界の強豪を相手に、学生の手づくりによる玉川大学のソーラーカーは、 数々のレースで好成績を収め何度も優勝する。そして2003年には、化石燃料を一滴も使わず太陽光と水素の力だけで、 4,000kmのオーストラリア大陸を横断したハイブリッドソーラーカー「アポロンディーヌ」を記憶している人も多いだろう。

そもそも小原教授が率いる玉川大学のTSCPは、環境教育のプロジェクトとしてスタートした。 「ヨットやレーシングカーなどの先端複合材料を加工する会社を経営する機械工学科1期生のOBから早稲田大学のチームがソーラーカーを作り、 ワールドソーラーチャレンジに挑戦した話を聞き、玉川大学でもソーラーカーを制作できないかと、1996年、大学に申請をしたところ許可されたのです」と、 小原教授はソーラーカー・プロジェクトのきっかけを話す。

ややもすると大学教育は理論中心になりがちだ。しかし、資源小国日本にあって、 脱化石燃料社会の実現は焦眉の課題であり、理論だけでは持続可能なエネルギーによる社会の創造は難しい。 そこで小原教授は、実際にソーラーカーをつくり上げることで、 理論と実践の両面から持続可能な社会が実現可能であることを学生に体感させることを目的に、 TSCPをスタートした。ものづくりと一体化した教育を行うことで、持続可能な社会が具体的に見えてくる。


メインの研究テーマと学生主体のソーラーカーづくりで壁を突破

ソーラーカー第1号が、空気抵抗を小さくし太陽光を最大限活用するため戸板のような形をした初代の「スーパーゲンボウ」だった。 それは二人乗りで、ドライバーとナビゲーターが背中合わせに座る。 「OBの会社に泊まり込んで製作した車でした。 1997年、秋田で開催されたWSR(World Solarcar Rally in Akita)に ぎりぎり間に合ったのですが、初めて走行したのがレース前の晩でした。 とりあえず走れたのですが、初日にベルトが切れて車は止まり総合47位という結果でした。ただ、チーム全員、走ったという喜びと達成感はありました。 これなら次は10位以内に入れるという手応えをつかみました」と、 小原教授は初めてレースに参加したときを振り返る。
 
空気抵抗を小さくし太陽光を最大限活用するために戸板のようになった初代ソーラーカー「スーパーゲンボウ」
改良を重ね、自信をもって臨んだ翌年のWSR秋田だったが36位と振るわず、プロジェクトの継続は一転して瀬戸際に立たされる。 「一度でもいいから優勝する」とプロジェクトの続行を大学に申請したところ、「日本一になるなら」という条件で継続できたという。 「なぜ優勝できないか考えました。当時、私は別のテーマをもっており、中途半端だったのが原因と気づきました。 そこでソーラーカーをメインの研究テーマとして取り組むことにしたのです。 また、自動車メーカーに勤める弟から新入社員にモーターショー用の車を作らせると驚くほど成長するという話を聞き、 学生の責任で開発する体制に切り替えました」(小原教授)

そして、ソーラーカー研究に集中して取り組むため、ソーラーカー工房を学内に設置し研究開発体制も整えた。 安定性と効率を追及した結果、スーパーゲンボウは1999年のWSR秋田で総合3位、 オーストラリア縦断(ダーウィンからアデレード約 3,000km )レースの WSC (World Solar Challenge)に 初参戦して総合6位(クラス3位)という好成績を収める。その後も、予算の問題で厳しい局面に立たされるが、 大学と高校のセットでの車体開発を行うことで、TSCPは継続する。

「2001年には今までの経験をベースにして新設計の車体を開発。 1台の型から作った同じ車体のドルフィン(高校)とホワイトドルフィン(大学)がレースへ参戦、 2001年のWSR(秋田)では玉川ホワイトドルフィンが総合優勝、同年のWSC(オーストラリア)では玉川ドルフィンがクラス優勝、玉川ホワイトドルフィンはクラス2位になりました」 (小原教授)
高校生チームと大学生チームがレースに参戦した背景には、 前述のように予算問題があった。いくら手づくりとは言え、高い精度が要求される車体の型起こしには大変なコストがかかり、 そのままでは大学の一プロジェクトとしての経費負担は重すぎた。そこで小原教授は、高校生と共通の車体を利用することを思いつく。

 
「ホワイトドルフィン」
スーパーゲンボウの後継車体は、 同じ型を使って2台制作された。大学チームのホワイトドルフィン、 高校チームのドルフィンは、各レースで好成績を収める
「今までの経験を元に新たに車体を設計したのですが、型起こしに大変なコストがかかります。 1台作るだけでは説得材料が弱い。そこで当時高等部でもソーラーカーづくりにチャレンジする動きがあり、 同じ型から大学チームのホワイトドルフィンと高校チームのドルフィンを作ることにしたわけです。その2台が勝てば膨大な経費も帳消しになる。 もし勝てなかったら責任をとると腹をくくりました」(小原教授)

実際に、同じ型を使って大学生が指導して高校生がつくったドルフィンは、 前述のように好成績を収めることができた。もちろん、大学チームのホワイトドルフィンも成績上位になり、 小原教授の責任問題は回避された。2002、2003年も、 ホワイトドルフィンとドルフィンで参戦し、ホワイトドルフィンは学生チャンピオンシップ3連覇を達成している。


エコの原点に返ってハイブリッドソーラーカーを開発

「二度目のオーストラリアWSCでは、オランダチームは企業・大学・研究機関連合の国家プロジェクトで参加するなど厳しい競争となりました。 クラス優勝、クラス2位でゴールしたときに、大学の担当者から『おめでとう! これでプロジェクトは終了ですね』と、 電話がかかってきました。しかし、これで終わるわけにはいきません」と、小原教授は次のステップに向けて歩みを始める。

今までは、学生達も優勝を目指して、最新の技術、最高の部材を活用するなど一生懸命レースに参戦し、 結果を出すまでに成長した。その結果、「環境負荷の高いガリウムヒ素などを取り入れよう」などという会話が出るようになり、 優勝至上主義に陥っていたという。このまま進むと億単位の開発費がかかり、大スポンサーが現れない限りプロジェクトを継続することは難しい状況だった。 しかも、ガリウムヒ素などを使うようになると環境負荷も高くなり、持続可能な環境を創造するという目的から外れてしまう。 そこで小原教授は、原点であるエコに立ち返り、ハイブリッドソーラーカーというコンセプトに行き着く。

「水素を燃料とする燃料電池とソーラーセルを組み合わせれば、 曇りの日や夜間でもクリーンに走行できる究極のエコカーができます。 基本的にはソーラーカーとして走るので、燃料電池は小さい300W程度のものであれば足ります。 当初は格安の実験用燃料電池を購入して使いました。ただ安定していないので、安定させることが研究テーマになったりしました。 それに併せてシャーシやカウルも、今までより一回り小さいものを設計しました。 その後、燃料電池はカナダのバラード社のユニバーシティプログラム支援の第一号となり、小型で効率的な燃料電池を搭載することができました」(小原教授)
太陽の神「アポロン」と水の精「オンディーヌ」から命名された「アポロンディーヌ」は、 クリーンな太陽光と水素をエネルギー源とするハイブリッドソーラーカーだ

太陽の神「アポロン」と水の精「オンディーヌ」から「アポロンディーヌ」と命名されたハイブリッドソーラーカーは、 2003年のJISC秋田大会においてソーラーパネルの線を外して、燃料電池のみで模擬レースに出場。小原教授の狙い通り、 新たなコンセプトは大いに注目を集め、大会に出席していた国際ソーラーカー連盟(ISF:International Solarcar Federation) 会長であるハンス・ソルストラップ氏の目に留まる。ハンス会長の要望もあり、アポロンディーヌ号は、 ソーラーカーレースの基礎を築いた冒険家ハンス氏が20年前に達成した、 オーストラリア大陸横断4,000km(パースからシドニー)20日間走破の記録に挑戦することになる。


オーストラリア大陸横断の記録を塗り替えたアポロンディーヌ

2003年12月、オーストラリアに乗り込んだ玉川大学のアポロンディーヌチームは次々と立ちはだかる壁にぶつかり、 大陸横断は実現不可能かと思われた。 「走ろうと思ったら、当局から車検証がないと走れないというのです。 日本の車検証をとるのは困難なので、交渉した結果アメリカの規格を満たしていればOKということになったのですが、 今度は水素を供給してくれるスポンサーのシリンダを使わないとダメなど、次々と壁が立ちふさがりました。 最後に領事館で打開策を相談しているところに、車好きの父親がオーストラリア政府の高官という人がいて、 その人のお陰で『研究室が移動しながら実験する』という名目で許可が下りたのです。現地に入ってから走るまでに1週間かかりました。 この間、学生達には心配をかけないようにしていましたが、内心は気が気ではありませんでした。 ただ、絶対に走れる、未来に向かっている人は必ず成功すると信じていました」と、小原教授は当時の苦労を振り返る。

オーストラリア大陸のパースからシドニーまでの4000kmを疾走するアポロンディーヌ
しかし、その後も順調という訳にはいかなかった。バースからシドニーまで走行して点検した際には快晴が続いていたのだが、 スタートして3日間は曇りの日が続いたのだ。 「用意した水素がなくなってしまうかと心配でした。こうしたときには、気持ちを一つにするためにお祈りするのが一番です。 ハンス会長は半信半疑でしたが、全員で黙祷を捧げたら晴れ、その後は順調に走行できました」(小原教授)
2003年12月19日西海岸パースをスタートしたアポロンディーヌは、27日に東海岸シドニーにゴールし、 20年前にハンス会長が打ち立てた20日間走破という記録を破ることができた。原則として8時〜17時まで走行し、 時速100kmを超えることもあったという。12人の学生が参加し(女子4人、男子8人。そのうち大学院生3人)、一人3時間半運転、 水素ボンベの交換と同時に運転を交代するなど、ほとんどの作業を学生自ら行っている。

企業の研究の場として発展したソーラーカーレースも、現在では企業が撤退し学生たちの競争の場になっているという。 大学や高専、高校を巻きこんだ技術・研究・開発の競争の場でもある。継続的な研究とはいえ学生たちは毎年変わるので、 小原教授はその状況を踏まえながら、新たな研究テーマを掲げて研究継続、技術水準の向上を目指している。また、教育活動の中では最新技術などを企業と共同開発、 技術提供を受けながら、長期の実証研究を行うことができ、 採算を度外視した地道な基礎研究活動を行うことが可能であり、究極のエコカーづくりに挑戦できる。


究極のエコカーを目指して
水素生産と実用性の高いハイブリッドソーラーカーの開発

オーストラリア大陸横断の記録を塗り替えたアポロンディーヌ号は、 その後もJISC(全日本学生ソーラーカー&FCカーチャンピオンシップ)で連勝し2007年には燃料電池部門で4連覇を達成(図1)。 その高性能ぶりを遺憾なく発揮している。

現在、玉川大学のハイブリッドソーラーカーは、本来の目的である持続可能な環境を創造するために、 新たなステージへ移行した。ソーラーカー工房を中心として学術研究所が中核となり、工学部の学生たちに加えて、 玉川大学に所属する文学部や農学部の学生たちも参加することで、水素そのものの生産にも取り組み始めたのだ。また、 高校や中学の生徒たちも参加することで、限られたグループの枠を超えた活動になっている。
 
 
(図1/クリックで拡大)玉川大学のハイブリッドソーラーカー「アポロンディーヌ」は高性能ぶりを発揮して燃料電池部門で4連覇を達成している。


「次の展開は水素の生成です。農学部ではバクテリアを使って水素を生成していますので、 その技術を利用して将来は車の中で水素をつくることを計画しています。当面はバイオエタノールやバイオメタノールの改質で水素を生成し、 ハイブリッドソーラーカーで世界一周を予定しています。現在、ハンス氏とどのように世界を回るのか検討しています。 さらに、実用に耐えるように、二人乗りのハイブリッドソーラーカーを開発中です。 そのために、オス型を削る専用の機械も作り、コンテナを改造してオートクレーブも自前で作りました。 コンテナの中に断熱材を入れて、130度で5時間焼き上げることができるものです。 今年はシャーシ、来年はカウルをつくる計画です」と、小原教授は究極のエコカー実用に向けた取り組みを熱く語る(図2)。
 

(図2/クリックで拡大)究極のエコカー実現に向けた玉川大学の取り組み

「中途半端だと愚痴が出ます。いい加減だと愚痴ばかりになります。 真剣に取り組むと知恵が出ます。若いうちは、いろいろなことを経験することが大切です。 ただし、研究が片手間ではダメで、のめり込めるテーマを見つけることが必要です。ダメだと思ってもぎりぎりのところまで頑張る。 追いつめられないと知恵が出ないのです。逃げ出したいときこそチャンスです」と、 小原教授は国家プロジェクトでもおかしくない究極のエコカーづくりを、学生と共に推進する決意を語る。

究極のエコカーづくりに没頭しているTSCPのメンバー

TSCPに参加したのは、次世代エネルギーに興味があったからです。 また、車にも興味がありました。1年生の終わりに3次元CADでオンディーヌのカウルの設計を担当しました。 先輩に設計のやり方を聞きながら、先輩の手伝いをしながら覚えたのです。このプロジェクトの面白さは、 自分で何もないところから設計し、最終的に自分たちでつくって実際に走ることです。 小原先生は厳しいところもありますが、フォローしてくれますので安心です。 4月からは大学院に進学するので、引き続きハイブリッドソーラーカーの研究をしたいと考えています。 将来は車メーカーに入ってエコカーづくりに携わりたいと思います。

 
井組裕貴さん
工学部機械システム学科4年生
高校の時に玉川大学のソーラーカーを知り、どうしても参加したいと玉川大学に入学しました。 現在は、二人乗りのカウルの型を削る3次元切削機をつくっています。 インターネットや論文などほとんど自分で調べてつくります。 アメリカでは自作CNCマシンが多いので参考になります。 わからないときは、みんなで話し合うとヒントが出てきて解決できますので、 チームワークが大切だと実感しています。 今後は大学院に進んで、引き続きハイブリッドソーラーカーを研究したいと考えています。 とにかく自分で作ったモノが走るというのが面白いところです。 先生は飴とムチを使って、自分の気づいていないことにヒントをくれますので頼りがいがあります。


 
浅村直樹さん
機械システム学科3年生
 

玉川大学・玉川学園


【沿革】
1929年(昭和4年)に創立者小原國芳により「全人教育」を第一の教育信条に掲げて開校。 現在K-12(Kindergarten to 12th)、大学(文学部・農学部・工学部・経営学部・教育学部・芸術学部・リベラルアーツ学部)・大学院まで約1万人が約59万m2の広大なキャンパスに集う総合学園に発展し、幅広い教育活動を展開している。

【所在地】
玉川大学・玉川学園 
〒194-8610 東京都町田市玉川学園6-1-1
Tel:042-739-8111(代表)

【URL】
http://www.tamagawa.jp/

【TSCP-玉川ソーラーチャレンジプロジェクト】
ソーラーカーのスペックやレースへの参戦結果などを紹介している。
http://tscp.tamagawa.jp/index.html
 




 

  

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